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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)6065号 判決

原告

秦健一郎

右法定代理人親権者兼原告

秦悦子

右原告両名訴訟代理人

森田昌昭

右訴訟復代理人

神部範生

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

坂本由喜子

外六名

主文

一  被告は原告秦健一郎に対し金三三九六万二七四四円及び内金三〇九六万二七四四円に対する昭和五二年七月一三日から、内金三〇〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告秦健一郎のその余の請求及び原告秦悦子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一一を原告らの、その九を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (亡秦清志の経歴)

亡秦清志(以下「亡秦」という。)は、昭和一四年一二月一五日出生し、昭和三七年三月防衛大学校卒業と同時に航空自衛隊幹部候補生となり、昭和四六年五月二四日、後述の本件事故により死亡した当時、航空自衛隊第六航空団飛行群第二〇五飛行隊所属の一等空尉であつた。

2  (本件事故の発生)

(一) 亡秦は、右同日午後六時二〇分ころ、夜間要撃訓練のため右第六航空団所属のF―一〇四J航空機(以下「本件事故機」という。)に塔乗し、二機編隊の一番機として小松飛行場北方の訓練空域において訓練を実施したが、その際本件事故機のスロットル・ケーブル(以下「本件ケーブル」という。)の素線四九本が全部破断した。

(二) F―一〇四J航空機のスロットル・コントロール系統は、別紙F―一〇四J航空機スロットル・コントロール系統図記載のとおりである(以下同系統図記載のスロットル・コートランド付近のスロットル・ケーブルを「前部スロットル・ケーブル」、スロットル後部コントロール・アセンブリー付近のスロットル・ケーブルを「後部スロットル・ケーブル」という。)

F―一〇四J航空機の操縦者は、スロットル・レバーを前に出し、あるいは手前に引くことによつて機体の後部にある主燃料管制装置を操作し、エンジン推力の増減を行うのであるが、スロットル・ケーブルは右スロットル・レバーの動きを主燃料管制装置に結合する機能を有する。

(三) 本件事故機は、前記のとおり本件ケーブルが断線していたためエンジン推力がアフターバーナー(後部燃焼加速装置)の位置で固着したままの状態になつた。

(四) 亡秦は小松飛行場に着陸しようとし、滑走路に進入したが、本件事故機はバウンドを繰り返した後、機体が切断分離したうえ滑走路右側の草地に飛び出してかくざ炎上したため、亡秦は頭蓋骨複雑骨折を伴う脳損傷により即死した(以下「本件事故」という)。

(五) 本件事故は、本件ケーブルが断線していたため、減速することができなくなつたことによつて生じた。

3  (本件事故に至る経緯)

(一) 昭和四四年六月、七月及び昭和四五年一月、航空自衛隊のF―一〇四J航空機について、長時間使用したスロットル・ケーブルの疲労による不具合現象が発見された。これを契機として、航空自衛隊補給統制処長は、昭和四五年一月二六日付けで、六〇〇時間以上使用したF―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルを点検し、不具合を未然に防止する目的の期限付技術指令書を発し、さらに同年六月五日付けで、F―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルで使用時間が六〇〇時間を超えたものは新品と交換すること、その実施時期は、「部品受領後、次期PE(定期検査)又はIRAN(定期修理)までのいずれか早い実施可能な時期」とする旨定めた期限付技術指令書を発した。また、同年一二月一四日ころ、航空自衛隊第二航空団所属のF―一〇四J航空機二機について、前部スロットル・ケーブルの断線が発見され、右同日第二航空団はその旨の「第二航空団安電(危険報告)八二号」を発した。

(二) 航空自衛隊第六航空団では、昭和四六年三月二四日から同年四月初旬にかけて、本件事故機の定期検査を実施した。同航空団の整備・点検の担当者らは、既に同年一月にF―一〇四J航空機の交換用のスロットル・ケーブルを入手しており、本件ケーブルの使用時間が、右定期検査の際に、前記昭和四五年六月五日付け期限付技術指令書所定の六〇〇時間を上回る一一〇〇時間に達していることを知つていたが、本件ケーブルの交換は定期修理の際に実施することとし、右入手済のスロットル・ケーブルと交換しなかつた。なお、右交換に代えて、本件ケーブルの点検を行つたが、従前の目視及び触手による点検を実施したにとどまり、特に入念な点検が行われたわけではなかつた。

4  (主位的請求―被告の国家賠償法二条一項に基づく責任)

本件事故は、次のとおり公の営造物である本件事故機の管理の瑕疵によつて生じたものであるから、被告は国家賠償法二条一項により、本件事故によつて亡秦及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(一) 本件ケーブルは本件事故発生以前に断線しており、通常備えるべき安全性を欠いていたから、本件事故機の管理について瑕疵があつた。

(二) 昭和四四年六月、七月及び昭和四五年一月、航空自衛隊のF―一〇四J航空機について、長時間使用したスロットル・ケーブルの疲労による不具合現象が発見されたことは前記のとおりである。したがつて被告は、本件事故機を含むF―一〇四J航空機について、一定の使用時間を経過したスロットル・ケーブルは直ちに交換する措置を講ずべきであつた。しかるに航空自衛隊補給統制処長は、昭和四五年六月五日付け期限付技術指令書で、使用時間が六〇〇時間を超えたスロットル・ケーブルを新品と交換することとしたものの、その実施時期については、即時実施又は緊急実施と定めることなく普通実施としたうえ、「部品受領後、次期PE(定期検査)又はIRAN(定期修理)までのいずれか早い実施可能な時期」とあいまいな表現にとどめた。そのため、本件事故の直近である昭和四六年三月二四日から同年四月初旬に本件事故機について実施された定期検査の際、本件ケーブルの使用時間が一一〇〇時間に達していたのに、新品への交換は実施されず、定期修理時の実施が予定されるにとどまつた。

以上のとおり、被告はF―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルの交換について適切な措置を講じなかつたのであるから、本件事故機の管理について瑕疵があつた。

5  (主位的請求―被告の国家賠償法一条一項に基づく責任)

前記3の(一)及び(二)の事実によれば、本件事故機の所属する第六航空団の整備責任者らは、本件ケーブルを交換する能力を有し、右交換用のスロットル・ケーブルを取得していたにもかかわらず、前記昭和四五年六月五日付け技術指令書で定められたスロットル・ケーブルの交換を怠つたものであり、またこれに代えて実施した点検も、従前の目視及び触手による点検を実施したにとどまり、特に入念な方法が取られたわけではないから、十分な点検を尽くさなかつたものである。右判断過程には過失があるものというべきであるから、被告は、国家賠償法一条一項により、第六航空団の整備責任者らの右過失により発生した本件事故によつて亡秦及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

6  (予備的請求―被告の安全配慮義務違背に基づく責任)

(一)(1) 前記3の(一)の事実によれば、被告は、F―一〇四J航空機に塔乗し訓練の任務に従事する自衛隊員に対して、右航空機の安全を保持し危険を防止するために講ずべき措置として、補給統制処長が昭和四五年六月五日に同日付けの前記期限付技術指令書を発した時点において、右航空機のスロットル・ケーブルの疲労による断線の危険を未然に防止すべく、右ケーブルの使用時間が六〇〇時間以上のものについては、遅くとも次期定期検査又は定期修理時のいずれか早い時にスロットル・ケーブルを新品と交換すること、右ケーブルの使用時間が六〇〇時間を超えているにもかかわらず、右いずれか早い到達時に交換できないときは、従来の整備・点検方法の実施にとどまらず、綿密な整備・点検計画を立案し、かつこれを念には念を入れて実施すべき旨の安全配慮義務を負つたものと解すべきである。

(2)しかるに、前記のとおり、航空自衛隊第六航空団の整備・点検の担当者らは、昭和四六年一月にF―一〇四J航空機の交換用のスロットル・ケーブルを入手し、同年三月二四日から同年四月初旬に本件事故機について定期検査を実施した際、本件ケーブルの使用時間が一一〇〇時間に達していたことを知りながら、本件ケーブルを新品と交換しなかつた。したがつて、被告には前記安全配慮義務違背に基づく責任がある。

(二)(1) 被告は、公務遂行のため飛行中の航空機に故障が生じ、異常事態となつたときは、右航空機の機長の生命及び健康等を危険から保護するため、機長自身の判断で直ちに空中放棄せざるを得ない緊急の場合を除き、地上指揮官を通じて、右航空機の置かれた状況の適切な把握に努め、これに基づいて右機長に対し適切な指令をすべき義務を負う。

(2) 亡秦が着陸しようとした小松飛行場の地上指揮官及びその補佐をするモーボ幹部は、亡秦に対し、本件事故機のアフターバーナーが切れない理由を的確に質さなかつたため、本件事故機が前記2の(三)の状態にあることを認識せず、本件事故機を空中放棄する旨の適切な指示をすることができなかつたのであるから、被告には(1)記載の安全配慮義務違背の責任がある。

(3) 右指揮官は、遅くとも昭和四六年五月二四日午後六時四四分には本件事故機が前記2の(三)の状態にあることを認識し、いかなる措置を講じても進入速度を時速三五〇ノット、接地速度を時速二七〇ないし二八〇ノット以下に減ずることが不可能で、安全に着陸することはできないと考えていたのであるから、亡秦に対し、直ちに洋上に出て本件事故機を空中放棄するよう指示すべきであつたのにこれを怠つた。したがつて、被告には(1)記載の安全配慮義務違背の責任がある。

(4) 右指揮官及びモーボ幹部は、右同時刻に、亡秦に対し、「ラットを下ろしたら、テイクオフ・フラップを使用して着陸せよ」と指示したが、さらに本件事故機の速度を減ずるため、ランディング・フラップをも使用させるべきであつた。しかるに、右指示を怠つたのであるから、被告には(1)記載の安全配慮義務違背の責任がある。

(三) 被告は、航空自衛隊の航空機の操縦士に対し、航空機が前記2の(三)の状態になつたときの緊急手順について十分指導・教育を行い、右操縦士の生命、健康等を危険から保護すべき義務を負う。しかるに、被告は右指導・教育を怠つたため、本件事故が発生したのであるから、被告には右安全配慮義務違背の責任がある。〈中略〉

三  抗弁

〈中略〉

3(一) 国家公務員が死亡した場合、その遺族のうち一定の資格がある者に対して、国家公務員等退職手当法による退職手当及び国家公務員共済組合法による遺族年金(以下単に「遺族年金」と略称する。)が支給され、更に、右死亡が公務上の災害に当たるときは、国家公務員災害補償法による遺族補償金(以下単に「遺族補償金」と略称する。)が支給されるのであるが、遺族に支給される右各給付は、国家公務員の収入によつて生計を維持していた遺族に対して、右公務員の死亡のためにその収入によつて受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活補償を与えることを目的とし、かつ、その機能を営むものであつて、遺族にとつて右給付によつて受ける利益は死亡した者の得べかりし収入によつて受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから、死亡した者からその得べかりし収入の喪失についての損害賠償債権を取得した遺族が右給付の支給を受ける権利を取得したときは、同人の加害者に対する損害賠償債権額の算定に当つては、相続した前記損害賠償債権額から右各給付相当額を控除しなければならない(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決民集二九巻九号一三七九五頁)。

(二) これを本件についてみるに、原告秦悦子は被告から昭和五六年五月三一日までに別表3A記載〈省略〉のとおり金一六二八万九九七八円の遺族補償金を給付されたほか、昭和五六年六月一日以降も年額平均給与額の五〇パーセント(ただし、原告秦健一郎が一八歳に達した時点からは三五パーセント、原告秦悦子が五〇歳に達した時点からは四〇パーセント、五五歳に達した時点からは四五パーセント)に相当する金額の遺族補償金の支給を受ける権利を取得しているところ、これを同原告の平均余命期間を基礎として中間利息を控除して現在価額を算出すると別表3B記載〈省略〉のとおり金四八六五万一五〇一円となるから、右合計額金六五〇四万一四七九円を同原告の損害金から控除すべきである。

(三) 被告は、原告秦悦子に対し、国家公務員災害補償法に基づく人事院規則一六―三、第一九条の一〇の規定による遺族特別給付金(以下単に「遺族特別給付金」と略称する。)として、昭和五二年四月一日から昭和五六年五月三一日までに別表4A記載〈省略〉のとおり金一七九万五九九三円を支給した。また、被告が原告秦悦子に対し、昭和五六年六月一日以降も遺族補償金として支給される年金額の二〇パーセントに相当する額を、秦悦子が平均余命である七八歳に達するまで遺族特別給付金として支給することが高度の蓋然性をもつて予測され、別表4B記載〈省略〉のとおりその現価は金九七七万二九六九円となる。したがつて、右合計額金一一五六万八九六二円を同原告の損害金から控除すべきである。

(四) 原告秦悦子が国家公務員共済組合から受給した遺族年金は、別表5記載〈省略〉のとおり、合計額金三九〇万六〇五二円となるから、右金額が原告秦悦子の損害金から控除されるべきである。〈以下、事実省略〉

理由

第一本件事故の発生及び航空自衛隊における航空機の点検・整備の体系

一請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件事故の発生

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  F―一〇四J航空機のスロットル・コントロール系統は、別紙F―一〇四J航空機スロットル・コントロール系統図記載のとおり、スロットル・コートランド(レバーを含む)、スロットル・ケーブル(全部で六本)、スロットル後部コントロールアセンブリー、プーリー(滑車)一六個、フェアリードから構成され、スロットル後部コントロール内にある主燃料管制装置にエンジン始動・停止、推力増減の操作をするのに必要な機械的動きを与える働らきをするものであり、その操縦者がスロットル・レバーを一番手前に引くと、エンジンの回転数が零の状態となり、一番前に出すと、エンジンの回転数が一〇〇パーセントの状態(アフターバーナーの位置)になる構造になつている。

2  スロットル・ケーブルは、スロットルの下の部分から後部の主燃料管制装置まで一六個のプーリーによつて、ループ状に配索され、右スロットル・レバーの動きを主燃料管制装置に機械的に結合する機能を有するものであり、鋼の索線七本をよりあわせた一束を更に七束よりあわせた直径三二分の三インチ(約2.4ミリメートル)のケーブルで構成されている。

3  亡秦は、昭和四六年五月二四日午後六時二〇分ごろ、夜間要撃手訓練のため、航空自衛隊第六航空団所属の本件事故機に塔乗し、二機編隊の一番機として小松飛行場北方の訓練空域において訓練を実施したが、その際本件ケーブルは、前部スロットルケーブルのうち、プーリーの下部で、四五本の索線が疲労破断(直角に切れる)、四本が過大応力による破断のため、断線し、そのため、本件事故機は、エンジン推力がアフターバーナーの位置で固着したままの状態になつた(亡秦が、昭和四六年五月二四日午後六時二〇分ごろ、夜間要撃訓練のため、航空自衛隊第六航空団所属の本件事故機に塔乗し、二機編隊の一番機として小松飛行場北方の訓練空域において訓練を実施したが、その際本件ケーブルが破断したこと及びそのため本件事故機が、エンジン推力がアフターバーナーの位置で固着したままの状態になつたことの事実は当事者間に争いがない)。

4  亡秦は小松飛行場に着陸しようとし、推定時速二五〇ないし二七〇ノットで滑走路に進入したが、本件事故機はバウンドを繰り返した後、機体が切断分離したうえ滑走路右側の草地に飛び出してかくざ炎上したため、亡秦は頭蓋骨複雑骨折を伴う脳損傷により即死した(以上の事実は、推定時速の点を除き、当事者間に争いがない)。

三航空自衛隊における航空機の点検・整備の体系

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  航空自衛隊の航空機の整備には、あらかじめ実施時期及び点検整備項目等が整備基準によつて定められている計画整備と不具合事項発生の都度実施される計画外整備とがあり、計画整備の内容は次のとおりである。

(一) 飛行前点検(PR)

飛行準備として行う各部確認の作業及び簡単な修正作業であり、航空機の事故あるいは任務遂行不能等の事態発生を防止するため、目視点検及び機能の確認によつて、調整不良、故障及び欠陥等を飛行前に発見処置する点検作業である。

また、整備員が行う右飛行前点検のほかに、航空機塔乗員による飛行前点検がある。これは、塔乗員がその塔乗しようとする航空機について所要の記録を調査し、航空機を目視及び作動して異常及び飛行に対する支障の有無を確認するものである。

なお、PRにおいてはスロットル・レバーを作動させて異常の有無を確認する。

(二) 飛行後点検(EPO)

航空機の飛行後の状態を確認し、次の飛行の安全及び任務遂行能力を保証するために整備作業を要する箇所を発見処置する点検作業であり、当日更に引続いて飛行が予定されている場合に実施される。

(三) 基本飛行後点検(BPO)

航空機の飛行後の状態を確認し、次回の飛行の安全及び任務遂行能力を保証するために整備作業を要する箇所を発見処理する点検作業であり、当日最終飛行終了後に実施される。

(四) 定時飛行後点検(HPO)

前記飛行後点検の外に、航空機が完全に任務遂行できるように特定の構成品及び系統の状況を確認する点検作業で必要により一部分解調整等の整備作業を実施する。F―一〇四J航空機の場合は、二五飛行時間毎に、二五時間定時飛行後点検、五〇時間定時飛行後点検を交互に実施される。

(五) 定期検査(PE)

航空機の全体について精密に状態を調査確認する作業であり、部隊等において利用できるすべての特殊工具、試験装置及び測定器具を使用し、機能試験等により部品等の交換の要否を決定するものである。

検査確認により不具合な箇所があれば、これを修復する。F―一〇四Jの場合は、飛行時間二〇〇時間毎に実施される。

(六) 定期修理(IRAN)

航空機の安全かつ完全な機能確保のため航空機製造会社に委託して、分解、検査及び修理を実施する(なお、本件事故当時は二四か月を基準として実施されていた。)。

2  自衛隊の航空機の部品及び取付品等の交換には、一定の時間ないし暦日の経過によつて実施されるものと点検、検査等の結果交換の必要ありと判断された場合に随時実施されるものとがある。F―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルは、当初後者の交換時間を定めない品目として管理され、航空自衛隊航空機等整備基準所定の点検・検査等の結果によつて不良品と判定された場合に随時交換することとされていた。右取扱いの根拠は、右所定の点検・検査を行えば、スロットル・ケーブルの欠陥又は不具合は容易に発見できると考えられていたこと、航空自衛隊の航空機整備体系の手本となつた米軍の同整備体系においてもスロットル・ケーブルは時間管理の対象とされていなかつたこと及びスロットル・ケーブルはオーバーサイズに作られており、その荷重容量は設計荷重よりおおむね五〇パーセント大きい強度を持つているうえ、右ケーブルに入つている素線の数は普通のケーブルに比べて多く、何本かの素線が切断された場合でも、相当期間そのままの状態で設計荷重に耐えうることにあつた。

3  本件事故発生前、F―一〇四J航空機については二〇〇時間ごとに定期検査が行われ、右定期検査の際スロットル・ケーブルについては、摩滅、腐食、切断及びさびの有無を調べるべく、まず目視検査が行われ、見えない所は布でケーブルをこすつた後手でなでる触手検査が行われ、右触手検査によれば、切断等異常箇所は、布又は手に引つ掛かり又は感知されるので判明するものと考えられていた。スロットル・ケーブルのうち、プーリーで隠れている部分については、スロットル・レバーを操作してスロットル・ケーブルを動かし、点検したが、右目視及び触手検査で、スロットル・ケーブルの前記のような欠陥又は不具合の有無は十分点検できる旨考えられていた。

4  昭和四四年六月から七月にかけて、航空自衛隊第七及び第二航空団所属のF―一〇四J航空機の後部スロットル・ケーブルにつき、素線の一部断線が発見され(昭和四四年六月及び七月、航空自衛隊のF―一〇四J航空機について、長時間使用したスロットル・ケーブルの疲労による不具合現象が発見されたことは当事者間に争いがない。)、右各航空団から出されたUR(不具合改善要求)に応じ、航空自衛隊は、同年七月四日及び一五日に、全航空団に対し、F―一〇四J航空機の後部スロットル・ケーブルの点検を命じたため、第六航空団でも、目視及び触手検査により右点検を実施したが、異常は発見されなかつた。

5  航空自衛隊の補給統制処長は、昭和四五年一月二六日、六〇〇時間以上使用のF―一〇四J航空機を対象とする期限付技術指令書(J・T・O・一F―一〇四J―六五三)を発し、基地整備及び補給処整備に対し、右指令書受領後七日以内に、長時間使用のスロットル・コントロール・ケーブル・アセンブリの点検を実施させることとし、なお期限内未実施の場合の飛行には特別免除を要し、期限超過後未実施の場合の飛行は禁止した(航空自衛隊補給統制処長が、昭和四五年一月二六日付けで、六〇〇時間以上使用したF―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルを点検し、不具合を未然に防止する目的の期限付技術指令書を発したことは当事者間に争いがない。)、また作業要領として、スロットル・ケーブルにつき、プーリーの通過部分及び同後方でチューブで覆われていない部分等専らプーリーに接する部分を点検するよう指示したから、補給統制処長は、スロットル・ケーブルのうち、プーリーに接する部分が損傷しやすいことを認識し、その認識に基づいて右指令書を発したものであつた。第六航空団では、直ちに右指令書の指令に従つて点検を実施したが、該当する二六機につき異常は発見されなかつた。

6  航空自衛隊の補給統制処長は、昭和四五年六月五日、期限付技術指令書(J・T・O・一F―一〇四J―六五五)を発し、長時間使用の前部スロットル・コントロール・ケーブル・アセンブリの疲労による不具合現象に対処すべく、基地整備及び補給処整備に対し、実施の期限として、部品受領後、次期PE(定期検査)又はIRAN(定期修理)時までのいずれか早い実施可能な時期と定め、六〇〇時間に達したケーブルを新品と交換することを命じた。右指令書の適用範囲は、F―一〇四J航空機のうち、当該ケーブル使用時間が六〇〇時間以上又はこれに到達したものとし、なお、ケーブルの使用時間が不明の場合は、航空機使用飛行時間とし、適用順序は経過飛行時間の多い航空機から実施する旨の注釈を加えた(航空自衛隊補給統制処長が、昭和四五年六月五日付けで、F―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルで使用時間が六〇〇時間を超えたものは新品と交換すること及びその実施時期は、「部品受領後、次期PE(定期検査)又はIRAN(定期修理)までのいずれか早い実施可能な時期」とする旨定めた期限付技術指令書を発したことは当事者間に争いがない。)。更に、右指令書は、補給要領の外、専らPE(定期検査)時に実施される場合のために、作業要領を詳細に説明し、F―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルは全数(六本)六〇〇時間の交換品目に移行されたことを指摘し、右指令書完了時点に定期交換品目に指定するため、時間管理の処理を行うこととした。

7  補給統制処長は、スロットル・ケーブルはプーリーに接する部分が損傷しやすいという事情にかんがみれば、その断線の危険性は、後部に限らず前部のものについても同様に存する旨認識し、これに基づいて前記のとおり昭和四五年六月五日付けの期限付技術指令書で六〇〇時間以上使用した前部スロットル・ケーブルを新品と交換するよう指令した。昭和四五年一二月一四日ころ、第二航空団所属のF―一〇四J航空機二機について、前部スロットル・ケーブルの断線が発見された。

8  航空自衛隊は本件事故後の昭和四六年一〇月二七日、F―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルを六〇〇時間の定期交換品目に指定し時間管理に移行したが右スロットル・ケーブルの定期検査の際の点検要領は、本件事故後、プーリー、フェアリード等ケーブルが曲げられたり接触したりする箇所、特にプーリーに接する面に素線切れが発生しやすいので当該箇所を重点的に点検することと定められ、具体的には、ケーブルを布で静かにこすり、布が引つ掛かるときは、張力をゆるめ、プーリー等で角度のついている面は、プーリーの接触面を外側にして約一二〇度曲げて素線の断線がないか点検することとした。

以上の事実が認められる。

第二主位的請求について

被告の責任並びに亡秦及び原告らの受けた損害について判断するに先立ち、まず抗弁2について判断する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

一原告兼原告秦健一郎法定代理人秦悦子は、本件事故の発生した翌日である昭和四六年五月二五日に、航空自衛隊第六航空団所属の自衛隊員から、亡秦が、本件事故機のスロットル・レバーの故障のため緊急着陸したが、オーバーランして丘にぶつかり、機体が二つに折れ、亡秦が頭を打つて即死したこと及びスロットル・レバーとは車でいえばチェンジ・レバーのような物である旨の説明を受けた。

二原告秦悦子及び亡秦の結婚の仲人並びに原告秦悦子の義兄は、いずれも航空自衛隊所属のパイロットであつた。

三原告秦悦子は、本件事故当時、小松にある航空自衛隊の官舎に居住していたうえ、昭和四七年一〇月から昭和四九年三月ころまで、右仲人の紹介で航空自衛隊に勤務した。右事実に基づいて検討するに、原告秦悦子が説明を受けた本件事故の発生及び本件事故機のスロットル・レバーの故障の事実は、一般人の立場においてこれを考えれば、本件事故機の設置又は管理にかしがあつたか、又は本件事故機の整備・点検の責任者らに整備・点検を怠つた過失があり、被告に責任があると判断される可能性がある事実と解され、原告兼原告秦健一郎法定代理人秦悦子は、前記説明を受けた時点で損害及び加害者を知つた旨解するのが相当である。

なお、原告秦悦子が、前記説明を受けた当時、本件事故機の整備・点検の担当者の氏名・所属等を知らなかつたとしても、これをもつて右と別異に解する根拠とすることはできないばかりでなく、前記認定事実によれば、右担当者の氏名・所属は原告秦悦子において調査すれば容易に判明しえたものであるから、原告秦悦子は、前記説明を受けた時点でこれらの者をも覚知した旨解される。

そうすると、原告らの国家賠償法二条一項又は一条一項に基づく損害賠償請求権については、昭和四六年五月二五日から、その消滅時効の進行を開始したものであり、昭和四九年五月二五日の満了をもつて完成したものというべきである。

被告が右時効を本訴で援用したことは明らかであるから、原告らの右損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由なきものといわざるを得ない。

したがつて、原告らの主位的請求はいずれも失当である。

第三予備的請求について

一請求の原因6の(一)記載の安全配慮義務の主張について判断する。

第一記載の事実によれば、昭和四四年六月から七月にかけて、航空自衛隊F―一〇四J航空機の長時間使用した後部スロットル・ケーブルの疲労による断線例が発見されたのを契機とし、補給統制処長は、同機のスロットル・ケーブルのうち、殊にプーリーに接する部分が疲労により損傷しやすいことを認識して、右スロットル・ケーブルについてとられていた従前の整備体系では安全の確保に疑義があり、右スロットル・ケーブル全数(六本)を六〇〇時間の交換品目とすることが必要であると判断し、まず昭和四五年一月二六日付け期限付技術指令書で右スロットル・ケーブルの点検を指令し、次いで同年六月五日付け期限付技術指令書で、「長時間使用の前部スロットル・コントロール・ケーブル・アセンブリに疲労による不具合現象が発見されたので六〇〇時間に達した当該ケーブルを新品と交換する。」と目的を明示したうえで第一の三の6記載のとおり指令したのであるから、被告は、F―一〇四J航空機に塔乗し訓練の任務に従事する自衛隊員に対して、右航空機の飛行の安全を保持し危険を防止するために講ずべき措置として、補給統制処長が昭和四五年六月五日に同日付けの前記期限付技術指令書を発した時点において、右航空機の前部後部に存するを問わず、スロットル・ケーブルの疲労による断線の危険を未然に防止すべく、右ケーブルの使用時間が六〇〇時間以上の右航空機については、遅くとも次期PE(定期検査)又はIRAN(定期修理)時のいずれか早い時にスロットル・ケーブルを新品と交換すること、右ケーブルの使用時間が六〇〇時間を超えているにもかかわらず、右いずれか早い到達時に交換できないときは、交換が実施されるまで当該航空機の飛行を禁止すること、以上を内容とする安全配慮義務を負つたものと解するのが相当である。

二そこで、被告の右安全配慮義務違背の有無について判断する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  昭和四六年三月二四日から同年四月八日にかけて、第六航空団において定期検査が行われたが、同航空団は、既に同年一月において、前記昭和四五年六月五日付け期限付技術指令書に基づき、F―一〇四J航空機の交換用のスロットル・ケーブルを入手していた(以上の事実は当事者間に争いがない。)にもかかわらず、右航空団で定期検査を担当する整備補給群検査隊長、同群本部整備統制班長、整備主任、品質管理班長訴外立石良文らは、前記昭和四五年六月五日付け技術指令書が至急実施ではなく、普通実施であつたため、さほど緊急性がないと判断し、ことに三か月後の昭和四六年七月には本件事故機について定期修理がなされることになつていたため、定期修理の際にスロットル・ケーブルを交換すれば足りると考え、更に、右航空団では航空実験団のF―一〇四J航空機のスロットル・ケーブル交換作業を実施したところ、技術的によく分からない箇所が出、訴外三菱重工業株式会社に照会したところ、右訴外会社から回答が得られたのは、定期検査の終わりころであつたという事情も加わつたうえ、F―一〇四J航空機のスロットル・ケーブルは、前記のとおり従前は時間管理の対象ではなかつたため、前記担当者らは、従前から行つている目視及び触手検査で異常が発見されない限り、いつまででも使用できるという考えから抜け切つておらず、これに加え、前記担当者らは、前記のとおり断線例があつたことから、後部スロットル・ケーブルについては、エンジン室で暖められ、さびを防ぐ油が取れやすいという事情があるから断線しやすいが、前部のスロットル・ケーブルは後部のものより相当長持ちすると考えていた等の理由から、前記期限付技術指令書で実施の期限が「部品受領後、次期PE(定期検査)又はIRAN(定期修理)時までのいずれか早い実施可能な時期」と定められていたことを自己に有利に解釈し、スロットル・ケーブルの交換実施が可能なのは、本件事故機の場合、定期修理時であるとし、定期検査の際には昭和四五年一月二六日付け期限付技術指令書記載の目視及び触手検査を再度実施するにとどめた。

2  右定期検査の時点で、本件事故機の飛行時間は既に一〇〇〇時間を超えていた。

右事実によれば、被告の前記安全配慮義務の履行補助者であつた第六航空団の定期検査実施担当者らは、正当な理由もなく、安易な判断から、所定のスロットル・ケーブル交換作業を実施せず、これを定期修理時に順延し、昭和四五年一月二六日付けの期限付技術指令書記載の検査を再度履行したにとどまり、本件事故機について飛行禁止措置を採ることなく放置したものであることが明らかであり、被告は亡秦に対する前記安全配慮義務に違背したといわざるを得ない。

したがつて、被告は、右安全配慮義務違背により亡秦が受けた損害を賠償する義務を負う。

三抗弁1について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  亡秦が所属していた航空自衛隊第六航空団飛行群第二〇五飛行隊の本件事故当時における飛行指揮関係は次のとおりであつた。

(一) 右指揮関係は地上指揮と空中指揮とに別れ、後者には地上指揮官と空中指揮官とがあつた。地上指揮官(飛行隊DO幹部)は、飛行隊長又はその委任を受けた飛行班長その他の者で編隊長以上の資格を有する者が担当し、飛行隊オペレーションに位置し、次の職務を行うこととされていた。

(1) 訓練等の実施に必要な調整及びその指導監督

(2) 飛行中の所属航空機に対する所要の指令等に関する事項

(3) モーボ幹部の実施する業務の指導監督及びモーボの開設等

(4) 緊急事態発生時の処置に関する事項

(5) その他

本件事故当時は飛行班長瓜生泰三が地上指揮官であり、亡秦が空中指揮官であつた。

(二) 本件事故当時、航空自衛隊第六航空団の小松飛行場では、滑走路のそばにモビール・コントロール(移動統制所)が置かれ、ここにモーボ幹部が配置されていた。

モーボ幹部は、編隊長以上の資格を有する者が担当し、右地上指揮官の指揮下にあつて目視しうる範囲で、航空機の操縦者に対し、航空機の離着陸及び緊急手順等について技術的情報及び助言、援助を与える職務を行うこととされていた。

2  小松飛行場には、右指揮系統には属さないが、飛行場管制所(タワー)に管制官が置かれ、航空機の操縦者に対し、航空交通管制上の事項について指示をし、さらに緊急時及び事故発生時においては、右操縦者に対する援助及び救難並びに関係機関に対する連絡を行うこととされていた。またターミナル管制所(ラブコン)にも管制官が置かれ、進入及び着陸管制業務を担当していた。

3  第六航空団では、1記載の地上指揮及び空中指揮関係、2記載の管制官による管制活動並びに操縦者による航空機運航を有機的に結合させ、これらの緊密な連けいにより、状況に適応した最善の措置を講じることを旨としていた。

殊に運航中の航空機が異常状態に陥つたときには、地上指揮官らは前記職務権限を有し、特に地上指揮官は、積極的に空地全般を統一指揮して在空機に対し最善の応急措置及び行動を指導し、航空機の操縦者は、関連支援部隊の勧告等により状況判断と行動の決心を適切に行うとともに、地上指揮官、空中指揮官の指令に従つて冷静沈着に行動するものとされていた。これを航空機の空中放棄についていえば、当該機の操縦者(機長)が状況を的確に判断の上空中放棄をするか否かを決定し、当該機の編隊長又は同伴機の操縦者(機長)及び地上指揮官は、右決定に必要な勧告、助言を行うのであるが、当該機の操縦者(機長)が状況を的確に把握できないため、右決定を誤つた場合には、地上指揮官らは右操縦者(機長)に対して命令を発することができるものとされていた。

4(一)  航空自衛隊では、F―一〇四J航空機がスロットル・スタック・ミリタリー・ポジションとなつたとき、すなわちエンジン推力が戦闘速度位置で固定して速度調整が不能になつたときに当該機の操縦者(機長)がとるべき緊急手順については、技術指令書「操縦指令」で次のように定められていた。

(1) スピード・ブレーキを全開にする。

(2) フラップ・スイッチをテイク・オフ・ポジションにする。

(3) ランディング・ギア(脚)を下ろす。

(4) フラップ・スイッチをランド・ポジションにする。

(5) ラットを射出する。

(6) 滑走路端から五海里のところで、高度が五〇〇フィートになるように、通常より平らな進入姿勢で進入する。

(7) 通常よりも平面的な降下軌道でアプローチする。

(8) 滑走路上五ないし一〇フィートになつたら、燃料供給の燃料パイプを閉めて、エンジンを停止させる。

(9) 通常どおり、機首を起こす操作(かえり操作)をして接地する。

(10) 後部のパラシュートを開く。

右のように、スロットル・スタック・ミリタリー・ポジションとなつた場合の緊急手順としては、技術指令書は減速措置を講じて着陸する方法について述べているだけで、右措置を講じても一定の基準速度以下にならない場合には、着陸を断念して航空機を空中放棄せよとは命じていなかつた。

(二)  また、F―一〇四J航空機操縦者に対しては、緊急状態におかれて、緊急手順を確実に行い、航空機を正常な状態に復帰させるか、又は緊急状態のままいかに航空機を着陸させるかという訓練が年間二四時間実施され、三か月に一回の割合で試験が行われていた。

(三)  亡秦は、滑走路への進入速度毎時二四〇ノット以下、接地速度毎時二〇〇ノットで補助翼を使用しない緊急着陸訓練を行い、成功していた。また、本件事故当時地上指揮官であつた瓜生泰三も進入速度毎時二三〇ノットの着陸経験があつた。

(四)  本件事故発生に至るまで、航空自衛隊のF―一〇四J航空機で本件事故機のような推定時速二五〇ないし二七〇ノットの高速着陸を行い、事故が発生した例はなかつた。

(五)  航空機のパイロットには、心情的に、塔乗航空機を、できる限り基地まで持ち帰りたいという傾向があつた。

5  地上指揮官瓜生泰三は、昭和四六年五月二四日午後六時四〇分、本件事故機がスロットル・スタック・ミリタリー・ポジションとなり、現在スピード・ブレーキを開にした上、アフターバーナーをたいて燃料を急速に減らしている旨の情報を得、亡秦が右状態で着陸しようと考えていることを知つたが、瓜生自身、所定の緊急手順を確実に実施すれば、亡秦が脱出することなく十分着陸できるものと判断した。そこで、瓜生泰三は、モーボ幹部とともに亡秦に対し、必要な緊急手順を助言した。右同日午後六時四四分に至つて、瓜生泰三は、前記のとおり、本件事故機のスロットル・レバーが効かず、エンジン推力がアフターバーナーの位置で固着したままの状態となつたことを知つたが、脱出を要する事態であるとは考えず、右同日午後六時四六分に、亡秦が速度三五〇ノットのまま着陸する旨述べたときも、前記4の(一)の(8)及び(9)の操作によつて本件事故機の速度が急速に減少するから、亡秦の着陸が成功するものと判断し、亡秦に対し、脱出又はさらに機速を減ずる措置を講ずるよう指令することなく、静観した。もつとも、瓜生泰三は本件事故機の進入角度に問題があるときには着陸させず、脱出その他の措置を講ずるよう指令を出すつもりであつたが、本件事故機が通常の角度で進入し、ランディング・ギア(脚)もテイク・オフ・フラップも出ていたので、そのまま着陸させた。

6  運航中の航空機からの脱出は極めて危険な操作であり、瓜生泰三は、亡秦が脱出を試みても確実に成功する保障はない旨考えていた。

7  本件事故機がスロットル・スタック・ミリタリー・ポジションになつてから亡秦のとつた緊急手順はおおむね適切であり、前記4の(一)記載の、技術指令書所定の緊急手順に合致したものであつた。ただし、本件事故機は、結局フラップ・スイッチをランド・ポジションにすることのないまま着陸しており、地上指揮官瓜生泰三及びモーボ幹部からこの点について助言、指令を与えられなかつたとはいえ、亡秦が機速を更に減じる措置を講じ、フラップ・スイッチをランド・ポジションにした上で着陸を試みていれば、着陸に伴う危険性を減じることができた可能性はあつた。

以上の事実によれば、亡秦は、地上指揮官及びモーボ幹部らの助言に反することなく、航空機の操縦者(機長)の自由裁量の範囲内で脱出することなく着陸する旨の決定を行つたものであり、本件事故当時においては、右判断に特段重大な誤りはない旨解されるから、過失相殺の余地は別にして、本件事故発生の原因が亡秦の判断の誤りにある旨の被告の主張は理由がないといわざるを得ない。

四亡秦の受けた損害について判断する。

1  逸失利益

亡秦は、本件事故による死亡当時三一歳であつたが、本件事故がなかつたとすれば、次のとおり少なくとも満六七歳まで稼働できたものというべきである。

(一) 自衛隊在職中の逸失利益

亡秦は、本件事故当時一等空尉六号俸の支給を受けていたが、以後自衛隊定年の五〇歳に達するまで引き続き自衛隊で勤務し、その間防衛庁職員給与法別表第二自衛官俸給表に従い、一等空尉として毎年昇給したものとすべきである。なお亡秦が三等空佐に昇任したであろうことを認めるに足りる証拠はない。ところで、弁論の全趣旨によれば、航空自衛隊ではジェット戦闘機の操縦配置につき、任務の性格上、通常四〇歳の年齢制限をしていること、四一歳以上の者をジェット戦闘機操縦配置につけるのは、飛行部隊等の指揮統率上やむを得ない場合に限られ、全体の三パーセント以下にすぎないこと及び四一歳以上のジェット戦闘機操縦者は逐時管理操縦士配置につくこととなるところ、その場合の航空手当はジェット戦闘機操縦配置の場合の航空手当の半額に減額されることの事実がそれぞれ認められ、右認定事実に加え、〈証拠〉を総合すれば、亡秦の昭和四六年度ないし昭和六四年度の得べかりし年間所得は別表2A記載〈省略〉のとおりであると認められる。

亡秦の生活費は、被扶養者がいるので、収入の三割として、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して、右自衛官としての在職中の逸失利益の現価を算出すると、別表2A記載〈省略〉のとおり金四〇二〇万四四二三円となる。

(二) 退職手当

亡秦の定年退官時の俸給月額は前記認定のとおりであり、これに弁論の全趣旨により認められる支給率を乗じ、亡秦の生活費を収入の三割とし、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して自衛隊を定年で退職した場合の退職手当の現価を算出すると、別表2B記載〈省略〉のとおり金五四一万四一〇〇円となる。

(三) 再就職による逸失利益

亡秦は右定年後一般の民間会社に再就職し、六七歳まで就労可能であつたというべきであるから、〈証拠〉によつて認められる昭和五〇年度の賃金センサスによる企業規模計男子労働者旧制大学・新制大学卒業者欄の賃金及び賞与額を基礎とし、亡秦の生活費を収入の三割とみて、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の現価を算出すると、別表2C記載〈省略〉のとおり金一四七三万〇二一五円となる。

2  慰謝料

亡秦が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、金六〇〇万円をもつて相当と解する。

五過失相殺について判断する。

亡秦が、本件事故機がスロットル・スタック・ミリタリー・ポジションとなつてから、燃料を早く減らすため、スピード・ブレーキを開にした上、意識的にアフターバーナーを作動させたが、その後スロットル・レバーが効かず、エンジン推力がアフターバーナーの位置で固着したままの状態となつたところ、亡秦が、減速のため、おおむね技術指令書所定の緊急手順に合致した措置を講じながらも、更に旋回や上昇等の方法によつて、機速を更に減じてフラップ・スイッチをランド・ポジションにすることのないまま、速度約三五〇ノットで着陸態勢に入り、本件事故機が小松飛行場の滑走路に進入した時点での推定時速が二五〇ないし二七〇ノットであつたことは前記のとおりである。亡秦が右減速措置を講ずる余地がないほど切迫した状況にあつたことを認めるに足りる証拠はなく、結局亡秦には、脱出することなく着陸する旨決意した点にはなんらの落度がないとはいえ、エンジン推力がアフターバーナーの位置で固着したため本件事故機が毎時三五〇ノットという高速であるにもかかわらず、右減速措置を講じて着陸に伴う危険性を更に減少させようと努めることなく着陸態勢に入つた点において過失があつたものというべきであり、亡秦の本件事故における過失割合は三割をもつて相当と解する。

六原告らの相続による損害賠償債権

亡秦の損害賠償債権は、1及び2の合計額金六六三四万八七三八円から右過失割合三割を減じた残額金四六四四万四一一六円(円未満切捨て)である。

原告らはこれを相続によつて承継したが、原告秦悦子の取得した損害賠償債権は右三分の一に相当する金一五四八万一三七二円であり、原告秦健一郎の取得した損害賠償債権は右の残額金三〇九六万二七四四円である。

七葬祭費の損害について判断する。

原告秦悦子は、亡秦の葬祭費として少なくとも金四〇万円を要したとしてその賠償を請求するが、右葬祭費は亡秦のために支出したものではあつても、原告秦悦子が負担したものであり、同原告の固有の損害と解され、被告は、前記認定に係る安全配慮義務の当事者ではない同原告固有の損害についてまで責任を負うものではないと解するのが相当である。

したがつて、原告秦悦子の右請求は失当である。

八抗弁3(一)ないし(五)について判断する。

まず、原告秦悦子が被告から昭和五六年五月三一日までに別表3A記載のとおり金一六二八万九九七八円の遺族補償金を給付されたことは、当事者間に争いがない。

ところで、遺族補償金は、国家公務員が公務上の災害によつて死亡したときに右国家公務員の収入によつて生計を維持していた遺族に支給されるのであり、右遺族に対して、右公務員の死亡のためその収入によつて受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活保障を与えることを目的とし、かつ、その機能を営むものであつて、遺族にとつて右遺族補償金の給付によつて受ける利益は死亡した者の得べかりし収入によつて受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから、死亡した者からその得べかりし収入の喪失についての損害賠償債権を相続した遺族が右給付の支給を受ける権利を取得したときは、同人の加害者に対する損害賠償債権額の算定に当たつては、相続した損害賠償債権額から右給付相当額を控除しなければならないと解するのが相当である。

また、遺族補償金の受給権者は、国家公務員災害補償法一六条一項及び三項によつて、死亡した国家公務員の妻と子がその遺族である場合には、死亡した者の収入により生計を維持していた妻のみと定められているから、遺族の加害者に対する損害賠償債権額の算定をするに当たつて、右給付相当額は、妻の損害賠償債権からだけ控除すべきである。

これを本件について見るに、亡秦の妻原告秦悦子の損害賠償債権額は金一五四八万一三七二円であり、これから遺族補償金の前記既払額金一六二八万九九七八円を控除すべきところ、右控除額は原告秦悦子の債権額を超過しているので、同原告の債権額は零に帰する。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告秦悦子の請求は失当である。

九弁護士費用について判断する。

原告秦健一郎は、前記のとおり金三〇九六万二七四四円の損害賠償債権を有しているところ、同原告法定代理人秦悦子が本訴の提起と訴訟の遂行とを原告ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著である。

ところで、国家公務員が国の安全配慮義務違背により死亡したため、その遺族が国に対し右安全配慮義務違背を理由として損害賠償を請求すべく、弁護士に委任して訴訟を提起・遂行した場合には、その弁護士費用は、事案の内容、請求認容額及び訴訟の経過等諸般の事情に照らし相当と認められる範囲内の額に限り、国の右安全配慮義務違背と相当因果関係のある損害と解するのが相当である。

これを本件について見るに、被告の前記安全配慮義務と相当因果関係のある損害と評価できる弁護士費用は、原告秦健一郎について金三〇〇万円と認めるのが相当である。

その支払時期につき本判決言渡の日と約定されていることが弁論の全趣旨によつて認められる。

第四結論

以上の次第で、被告は原告秦健一郎に対し、亡秦に対する前記安全配慮義務違背による損害金として金三三九六万二七四四円及び内金三〇九六万二七四四円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年七月一三日から(なお原告秦健一郎は右損害金の付帯請求の起算日を本件事故発生の日として請求しているが、国が前記安全配慮義務違背によつて負う右損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、催告によつて遅滞に陥るものと解するのが相当である。)、内金三〇〇万円に対する本判決言渡の日の翌日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告秦健一郎の請求は右認定の限度において理由があるから正当としてこれを認容し、原告秦健一郎のその余の請求及び原告秦悦子の請求は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用し、仮執行免脱の宣言の申立についてはその必要がないものと認め、これを却下して主文のとおり判決する。

(伊藤博 宮崎公男 高世三郎)

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